From the monthly archives: 4月 2012

着々と村上春樹を読んでいます。
なんで昔はキライだったのに、今は心地よく読めるようになるんだろう。
感じ方が変わったのか、考え方が変わったのか。
そこまで大きな変化が歩きはしないんだけど。
まあでも味覚も変わったから、気がつかないうちに変わっていくんだ。
どうやら僕は、牛河的な存在が好きみたいだ。
カフカでいうところの、中野さん的な存在。
はじめは得体の知れない、不気味なところがあったけれど、
だんだん人間味が溢れる感じになっていって、
人間くささが出て、それがいい。
NHKの集金人の比喩が味があってよかった。
ときに、自分の領域に入り込んでくる侵入者として、
ときに、外界と心的世界をつなぐものとして、
ときに、生死の境を決める悪魔として、
それぞれの比喩において、電波法の根拠とお金を払うべき債務を
論理的に述べながら、他の人に「わざと」聞こえるように、罵る。
なかなかドアは開かない。開けられない。それを職業としていた父親。
結局、リトルピープルがいったい何だったのかが、よく分かりませんでした。
まあでも、「説明しなくてはわからないことは、説明してもわからない」からね。

1Q84 BOOK 1
1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 2
1Q84 BOOK 2

1Q84 BOOK 3
1Q84 BOOK 3

 

他者との間隔。空気。ぼやっとした微妙な境界。自我。存在と知覚。侵略と防衛。
靴のヒカリ。不作法で傲慢な革靴。
と形式的なスーツ。カバン。
列車に乗る人々はその無自覚であらいがたい方向性が同じであることにどれだけ気づいているだろうか。